攻略本の作り方(6)/校正を巡る攻防

校正とは何か(理論編)

 十分な下準備も行い、開発者と出版社の意思疎通も計り、貴重な素材資料も発掘し終えたあなたにとって、攻略本製作はシムシティのプレイに似ています。局部的な市民の不満に答えつつ、大局的な街の発展の様子を見守るのです。不安材料は早めに取り除いてやり、いらない施設は除去。とはいうものの、実際のところ、この段階であなたが手を下すべき作業と言うのはあまりありません。強いて言えば他のメンバーに対して気を使うくらいです。こまめに電話を掛けて様子を聞いたり、たまには甘いものでもお土産に編集プロダクションに陣中見舞いをするのも良いかもしれません。
 では、このままあなたは楽チンに作業を終える事ができるかというとそんなに話は甘くない。実は一番の大仕事である「校正」が待っているのです。
 校正とは、あなたの攻略本があらぬ方向に走ってしまった時の軌道修正のチャンスであり、開発者とゲームライターが熱い火花を散らす戦場でもあり、同時に多くの猛者達の墓場でもあり(私も一度血を吐いて倒れた事があります。)、印刷会社の恐怖の対象であり、例えて言うなら文化祭前日の阿鼻叫喚なのです。
 シムシティで例えるなら溜め込んだ予算を一気に吐き出す街の大改造であり、停滞した街に活気を取り戻す事も、順調に発展してきた街をゴーストタウン化することも可能な両刃の剣。
 そんな「校正」とは一体なんなのか?簡単に行ってしまえば単なる間違い探しなんですけどね。これが色々悲喜こもごもあるんですよ。

 では具体的には校正とはどのように行うものなのでしょうか。
 校正とは出版社が提出する原稿をチェックし、小は送り仮名から大は本のテーマまで間違いを修正していく作業です。これは攻略本に限らず必ず行う作業です。
 攻略本の場合でもう少し詳しく見ていくと、校正は三つの行程に分ける事ができます。

ゲラチェック
 これは攻略本における文章をチェックする作業です。RPGの雑魚キャラやアイテムの名称から、非常に出しにくい格闘ゲームのコンボまで、単なる誤字から文章表現の適切さ世界観設定の要約がポイントを外していないかまでをチェックしていきます。
 それから大人のお仕事として、本の奥付の表記が間違っていないか、これは重要なポイントですので必ずチェックしましょう。著作権表記とか抜けていると法務の人に怒られちゃいますよ。
 ゲラチェックは最近メールで送られてくる事も多いですが、必ず紙に印刷し赤ペンでチェックを入れる事を強くお勧めします。それと校正の仕方にも色々ルールがあります。大きい本屋に行くと校正方法に付いての本が置いてありますので余裕があるなら読んでおきましょう。ちゃんと正しく校正されて原稿が帰ってきたらあなたに対する編集者の評価ポイントは跳ね上がります。
 チェック済みのゲラは出版社に返すのですが必ずコピーを取っておきましょう。

色校
 これは本としてページが構成されている状態のものをチェックする作業です。例えばゲーム画面とその説明文がちゃんと合っているか(これが案外間違っているものなのです。)、主人公の全身イラストの色が正しい色になっているか(「色見が正しい」と言います。)、本の腰帯が開発が作ってくれたオリジナルCGを台なしにしていないか、そうした事をチェックしていきます。
 多くの場合ゲラチェックで入れた訂正は色校で修正されている事はずなので、ここでゲラチェックの時に赤ペンをいれた原稿を取り出して、直っているかどうかチェックします。ここでちゃんと赤ペン入れた原稿のコピーが手許にあればチェック作業は一手間減りますし、締め切り間近で一秒でも惜しい時には最悪誰かに仕事を手伝ってもらう事も可能です。

念校
 色校が終わると原稿は印刷会社に行って実際に本を印刷する為の原版を作る事になりますが、輪転機が本格的に稼動する前に一部実際の本と同じように試し刷りを行います。これが念校と呼ばれるものです。念のための校正ですね。ここでチェックされるのは本当に致命的な誤りだけです。価格を間違えてたとかバーコードが読めないとか、本のタイトルを間違えてるとかです。一応全部目は通しますが。
 印刷のための原盤を作ってしまっているので、ここで訂正を発生させると何十万円の単位でロスが発生して編集プロダクションが死にます。安易な訂正はやめましょう。
 とはいうものの、ここで発生する訂正もありまして。正直、自分は目をつぶった訂正が結構あります。

 念校が終わった原稿は印刷会社で正式に印刷、製本を経て、書店なりゲームショップに並ぶ訳です。



校正とは何か(実践編)


 ここまでが攻略本における理想的な校正作業の流れとなりますが。ここからは現実の世界における校正のお話をしましょう。私は出版社にいたことがある訳ではないので、攻略本における校正がどの程度一般的な校正と違うのかは判らないのですが、少なくとも理論編とは違うことは判ります。

ゲラチェックは省略されがち

 ゲラチェックは攻略本の世界ではあんまり無いです。攻略本のスケジュールはタイトな場合が多いのと、文章と画像をあまり切り離す事が出来ないので、ほとんどの場合色校から校正作業に入ります。昔は色校をするのにも一回版を作らねばならなかったのですが、現在はカラーレーザープリンターの性能が良くなっているので、プリンター出力の原稿を使って校正する事が多いのです。我々はこれをプリンターの名前をとってAカラー校正と呼んでいました。
 ただ、色校から入るからと行ってゲラチェックは完璧に終わっているという訳ではなくて、ゲラチェックと色校が2段階あるような感じです。

   一般的な校正 ゲラチェック→色校→念校
   攻略本の校正 色校1→色校2→念校

 色校1と色校2の違いは完成度ということになるのですが、色校1で出来ていないページはどうなっているかと言うとたいていダミーデータが入っています。これは仮の文章、仮の画像が入っているのです。本当にあからさまにダミーデータの場合(たとえば文章が「これはダミーです。これはダミーです。これはダミーです。これは(以下略)」とか)は良いのですが、変にそれっぽい文章や画像が入っている時は注意が必要です。
 また、攻略本の校正においては校正原稿そのものが文章と画像が不可分に結びついている訳で、画像に訂正が入ると文章の訂正が発生し、文章を訂正するとレイアウトの訂正が発生する、という様に雪だるま式に訂正箇所が増えていく傾向にあります。30字の写真キャプションに訂正を入れて100字にしてしまうとレイアウトからなにからそのページ全部を訂正、下手をすれば他のページにまで影響が及ぶ危険性があります。
 ここがあなたの腕の見せ所になるのですが、文章を訂正する際、なるべく文字数が変わらないように訂正しましょう。できることなら同じ文字数がベスト。なるべく他のメンバーに負荷が掛からないように校正を進めればスケジュールは破たんする事無く進むでしょう。
 と、ここまでは色校が二回出来る前提でお話を進めましたが、実際には出版社または編集プロダクションからはスケジュールの都合から「色校は一回で」と持ちかけられる事がほとんどかと思います。まあ色校二回やったらゲラチェックやっても同じですからね。ですが私はここは踏ん張って二回のチェックを行う事をお勧めします。なぜなら先に書いたように一ケ所を直すと他に影響が出やすい攻略本の校正において、一回チェックを入れた後の変化もチェックすべきだからです。そこで話が紛糾しそうになった場合、こちらから「色校を一回にするなら念校で修正を行うことになりますが良いですか?」というと大抵二回のチェックを受け入れてもらえると思います。まああまり穏便な方法ではないですけどね。
 そのかわりこちらも譲歩するべき事はするべきで、一回目はモノクロプリンターでも良いとか、擦り合わせをしましょう。とにかくあなたにチェックの責任があるのだから、あなたは最終版の原稿を事前にチェックするべきです。
 余談ですが、スケジュールが押してくると出張校正なるものをする必要が出てくるかもしれません。これは修正が間に合わなくなって印刷所で修正をすることです。これはあまり名誉な事では無いので出来ればやらずに済ませる事に越した事はありません。私は一度だけこれをやりました。しかも印刷所から開発に電話してチェック作業を進めると言う醜態でございました。
 とにかく校正作業は締め切りギリギリまでやることになりますし、午前様やら徹夜やらもあり得ます。ですが頑張り所ですので丁寧に行きましょう。

ゲーム画面のチェックは特に念入りに。

 以前お話したようにゲーム媒体がCD-ROMになってから、ゲームの完成はどんどん発売日に近付いていますが、ゲーム攻略本が求められる時期が遅くなる訳ではなく、攻略本の存在を前提にした内容のゲームが増えたり、プレイヤーが以前よりせっかちになっていたり、とかえって早まっている位です。そうすると、どうしても開発途中のROMを使って攻略本を作る事になるのですが、雑誌では許される「ゲーム画面は開発中のものです」が攻略本では通用しません(そんな攻略本嫌でしょ?)。
 そうすると開発中のROMで、製品版と違いの無いものをピックアップして写真を使って行く訳で、あなたはどの画面が仕様決定して製品版と同じであるか、きちんと把握する必要があります。ここはもう締め切り間近で修羅場になっている開発にひたすら通って情報収集に努めるしかありません。だいたいはプロデューサーが把握していますが、できれば開発各位とツーカーになっていた方が後で話をひっくり返されないで済みます(現場と管理の情報の不統一はどこでも聞く話ですよね)。
 私はあまり担当しなかったのですが、RPGの場合は怖い話がありまして、マップの資料というのはぎりぎりまで変更される鬼門なのです。なぜかと言いますと、ダンジョンなどに置いてあるアイテムの位置、これがちょっと動くだけでかなり難易度が変わる、バランス調整の胆なのです。こればっかりはテストプレイしては調整の繰り返しでしか決められないのでしょうがないのですが。そして恐るべき事にどのバージョンで何処が変化したかを全部把握している人は往々にしていません。プロデューサーが把握しているのは今のROMの状態であることが多いですし。そうするとあなたがコツコツと敵のでないデバッグ用ROMで原稿と首っ引きで確認して行く事になります。そうそう、「〜後の世界」とかあるRPGでは作業が2倍になりますのでお気をつけて。

開発者インタビューには気をつけましょう。

 攻略本でよく本の最後の方とかに開発者のインタビューがあります。結構人気があったりしますが、ここは注意が必要です。インタビューを受ける際にも、秘密保守契約上言ってはいけない事を開発者が言っちゃう事がありますが、校正の際にそれを削ったりすると、文字数が大きく変化する事があります。
 これはその時NGを出せるようにしておくべきです。ゲームプロデューサーに良く確認しておきましょう。

 以上の事を踏まえておけば、大体ゲーム攻略本の校正をこなす事ができると思います。つまり校正を進めるにあたって、あなたはゲームを把握し、ゲーム開発現場を把握し、開発状況を把握しておく必要があるのです。こうしてみると、結構ゲーム攻略本監修の仕事はかなりゲーム開発者寄りの視点を持つ必要がありますね。