攻略本の作り方(5)/素材をめぐる攻防

一般的な素材リストとは

前回、打ち合わせの段取りについてお話したときはあまり具体的な話をしませんでしたが、今回はもう少し具体的かつゲーム業界ならではのお話をしましょう。という訳で攻略本制作の素材の話です。
同人誌で攻略本を作るならいざ知らず、出版社・編集プロダクションがゲームのROMだけで攻略本を作ると言うことはまずあり得ません。必ずゲーム会社から資料その他を提供してもらって攻略本を作ります。ゲームクリアまでの攻略の質はその出版社・編集プロダクションの力量で決まりますが、その他の部分のクオリティはこの素材で決まるといっても良いでしょう。

素材といっても一体どんなものがあるのかイメージが沸きにくいかと思いますので、私が担当したとあるRPGの攻略本を作った際に、開発に「こんな素材が用意できる?」と確認したリストを以下に公開いたします。このRPG、は背景が3Dでキャラクターが2D、ところどころにイベントCGムービーが入るという、いまどきの一般的なRPGです。ただゲーム内用語が少々特殊だったので以下のリストでは若干用語を変えています。




攻略本の素材リスト
(理想形です。ただページ数などの制約で使い切れない素材が出てくることがあります)

キャラクター
イラスト
ゲームモデルのショット
キャラクター見出し(「熱血の主人公」といったようなもの)
名前(別称、ニックネーム)
プロフィール
性別/年/誕生日/趣味などの個人データ
初期設定値と成長特性
戦闘タイプ分類

黒幕/敵役/ライバルといった悪役
イラスト
ゲームモデルのショット
キャラクター見出し(「熱血の主人公」といったようなもの)
名前(別称、ニックネーム)
プロフィール
性別/年/誕生日/趣味などの個人データ
設定値
戦闘タイプ分類

モンスター(ヤラレ役といったボス/ザコ)
イラスト(ランダムに出現しないボスクラス)
ゲームモデルのショット
攻撃力/防御力/属性/特殊能力などのパラメータの一覧
落とすアイテム/盗めるアイテムの一覧

マジック
名称/効果などの一覧
使用可能者の一覧
習得方法

必殺技
名称/効果などの一覧
使用可能者の一覧
習得方法

装備
価格/攻撃力/防御力/属性/特殊効果/分類などのパラメータの一覧
形態の説明の一覧
装備可能者の一覧
グラフィック(武器だけ戦闘画面中にあり?)

アイテム
価格/効果/分類などのパラメータ
使用方法
使用可能者の一覧
グラフィック(ない?)

ワールドマップ
地域、地名、街の位置が判るもの

フィールドマップ
マップ作成用ROM(視点を固定できるもの、ポーズ機能あり)
配置アイテムの一覧と場所
出現モンスターの一覧
街/村のショップなどの一覧とその取扱品目(宿屋などではその費用)

シナリオフロー 全セリフ集
テキストデータ(場面別/キャラ別)

イベント/サブクエス
発生条件
内容

隠し仕様/裏技
発生条件
内容

ムービーのハイライト
高解像度のもの

世界設定
人名・地名・用語集
人物相関図
勢力図

初期設定・ボツ設定等の資料




一般的でない素材集めとは

さて、このリストを提出したRPGは、一度社内的に発売スケジュール延期を行い、発売日を公表した後にもさらに発売延期をしたという、いたずらに開発費が膨らんでしまって出しても赤字だが出さないよりはまし、というタイトルでした。いわゆる負け組です。特に公表した発売日を延期してしまうというチョンボをやってしまいましたので注文数は伸び悩み、ファミ通の期待の新作リストにも全く姿を見せません。こうなってくると販売からは「開発がしっかり作らないから売れない」開発からは「販売がしっかり宣伝しないから売れない」という誹謗中傷のデフレスパイラルが生じます。
こんな状況では本来攻略本が出ることはほとんど無いのですが色々と政治的な状況があり、とある出版社から発売する流れになりまして、火中の栗を拾うことになったのがわたしです。

そんな状況でしたので、自分としては勝てる戦ではないのでとにかく綺麗に負けようと。売れなかったけど良い本だったね、という程度には頑張ろうと、限りなく基本を押さえたオーソドックスな本にしようと考えました。
という訳で予め状況を出来る限り把握しておいて攻略本を作り始める前にはすべて素材が揃っている(というか後から口を出させない為の予防線なんですけれどね。)状況を作り出す為に、さっきのリストを作ったわけです。正直、あんなに細かいリストを予め作っておくのはこれが初めてでした。今見直すと予防線張りまくってますね。
「ページ数などの制約で使い切れない素材が出てくることがあります」とか。

出来上がったリストを持って開発者の所にいったところ開発者の第一声が「攻略本制作にはほとんど協力できない」でした。もう次の企画に取り掛かっているので忙しく攻略本までには手が回らない、と。
この時点ではまだ次の企画も何も当のRPG自体出来てない訳で、こっちとしてはまだこのRPGの仕事も終わってないのに何言ってるんだ、と文句の一つも言いたくなりますが、開発には開発のローテーションがありますので、ぐっと我慢。笑顔でリストを渡して、こういった資料が集まるかどうか確認してみると「なんとかなる」との返事。一応納得して打ち合わせに臨みました。
打ち合わせ自体は和やかに進み、良い本を作りましょうね、ということで開発、出版社、そして自分と三者散っていきました。

その後この攻略本については紆余曲折があり、素材についても二転三転七転八倒がありました。自分自身も自力クリアせずに攻略本を作ってしまったという忸怩たる思いがあるので一方的に語るのはフェアではないのですが、この件についてだけは書かせてください。モンスターデータリストの件です。

このRPGは外注ということもあって攻略本用に資料を作ってもらうという事が出来ず、実際のプログラムに使うようなデータで次々と提供されました。例えばアイテムデータであれば

通しNO,アイテム名,10,50,60,80,90,50,……

という様な数字データが並んでいるような感じです。こうしたデータはエクセルに取り込んで加工すれば一覧表になるので、データをもらっては整形して出版社へと送っていました。

そんな、もらったデータの整形とチェックを進めていると、モンスターの出現地域データがモンスターデータリストの中に無いことが判明しました。これを開発の担当者に確認してみると、
「この出現データリストのこの番号を見れば判る」
とモンスター出現リストを渡されました。ところがこの300行くらいあるデータをやはり200行以上あるモンスターデータと開発途中のROMと首っ引きで照合してみましたが、すぐに合わないことが判りました。それで担当者に再確認です。すると
「出現データのこの番号は、出現グループだった」
「じゃ、何を見れば良いの?」
「出現グループリストのこの番号を見ると、出現グループに含まれるモンスター名が判る」
とこれまた300行位あるデータを渡されました。
これは、一つのモンスターが出現する地域を調べるのに、300行の中の1行を見つけて、その結果を元に300行の中の1行を見つけた後に、200行の中の1データを探すということです。
しかもモンスターのグラフィックは色違いが3パターン位いて、しかもシナリオが進めば同じマップ上でも違ったモンスターが出てくる訳で、データが合ってるかどうかはとにかくこつこつ調べてみないことには判りません。
一度の質問で、このデータの関係についての説明が出てこないということは、攻略本用データはともかくアナタ本当にこのゲームのデータ把握されてます?という暗雲のごとく頭に広がる疑惑を抱えつつも、もう発売日までのスケジュールに余裕も無く、出版社にはデータを渡して編集作業を進めてもらいながらデータの整合性チェックを自分がやることになりました。

その他のデータの用意に右往左往しつつ整合性チェックが遅々として進まない日々が続き、いや、嘘ですね。右往左往しながらどんどんやる気が失せていたというのが本当なんで申し訳なかったんですが、愛を感じられなかったタイトルではあるにせよ、きっちりと仕事だけはさせていただきましょうと、最後のチェックを進めていました。 それで、もらったデータがどうやらゲームと合ってないと確信できたのが締め切り当日の午前三時。この時ばかりは出版社になんていって言い訳したら良いかと真っ青になりました。

とにかく出版社に連絡をして締め切りを延ばしてもらうように頼み込んでから、開発にデータが合ってないと直談判したところ信じてもらえません。こっちのデータ加工のミスじゃないか、旧バージョンのデータを送ってないかと質問攻めです。まあもっともな質問でもありますので開発者と頭をつき合わせて検討したところこちらに問題は無いようです。でも、と開発担当者。
「これはゲームに使っているデータそのものなんで間違いは無いはず」
とおっしゃいます。こちらとしては製品版のROMでチェックしてるので合ってないのは確実な訳です。とにかく再確認してくれと頼みこむと、やおら担当者は外注の会社に電話をし、後日連絡という段取りになりました。

翌日、開発担当者より連絡がありました。もらったソースデータにはゲームに反映されていないダミーデータが大量に入っていたとの事(泣)。

そんなこんなはありましたが、攻略本のほうは一応発売予定日に間に合いました。売れたかって?ええ、ゲーム本体が売れた数の30%は。

そんな訳で攻略本作りの仕事をしてますと、場合によっては開発者よりもそのゲームに詳しくなれます。

ところで。

その開発担当者が自分担当のゲームのチェックも出来ないほど忙しかったという次の企画なんですが、なんとそのRPGの続編でした。彼が多くの犠牲を払って書き上げたその企画書は社内プレゼンテーションの段階で完膚なきまでに叩き潰されてしまいましたが。